デュカン・ダイエット実践体験記

ダイエット仲間と7日間サイクルダイエットに挑戦します

私が肥満になったわけと、痩せるまで

 

何故太ったのか?そしてどうやって痩せたのか?

 

こんにちは♪

ゴールデンウィーク中、どのようにお過ごしでしょうか。

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私は、いつもと変わらず、しかし、ヨットが入ったので、それでバタバタした感じでした。イタリアはGWは日本より短くて4月29日から5月1日までとなっております。

 

ふと、なぜ私が太ったのか、について書こうと思いました。

太ったきっかけがなければ、ダイエットもしませんでしたから、これは私にとってとても重要な出来事だったといえます。

 

私が太ったわけ

生まれつき、小さい頃から太ってる、という人はいますが、私はそういうタイプではありませんでした。

むしろ、ずっと痩せてました。食べても食べても痩せるタイプです。

身長の伸びがとまった頃、163センチ強ですが、43から45キロでした。当時は、それでも太ってると思っていて、もっと痩せようと思ってましたね。

大学から社会人にかけて、46キロから48キロで、痩せてるとは思っていませんでしたが、まあ普通かな、と。

私がドイツ留学を経て恋人に出会い、イタリアに引っ越す時点で、48キロ。

ずっと48キロ前後でした。

 

結婚する2004年ころまではおそらく53キロ位だったと思います。

イタリアで富に太ったのですが、それは食生活の変化。

パスタ、ピザ、ワイン、チーズ、ハムの毎日で、かつ、引っ越した当初無職だったので、暇にしていたせいで、あっという間に太ったのでした。

それでも、まあ50キロ台。

 

その後、音楽院に通うこととなり、そこでストレスがマックスとなったのですが、とにかくハードスケジュールなのと、おかしな先生がいてストレスになるのとのダブルパンチで、アレルギー性喘息を発症。

 

ある日、突如、全く息ができなくなり、急患にかかり、そこでコルチゾールを処方されました。それを飲むと、全く息ができなかったのが、ウソのように治るので、癖になり、毎日しっかり薬を飲むように。

 

アレルゲンとなる花粉は、2月から5月にかけて飛散するため、その季節にはしっかり薬を飲んでいました。

 

3年ほど経つと、先生がそろそろその薬はやめたほうがいいと。骨粗鬆症の原因とも成るし、筋力も落ちると。

 

もうその頃には体重は測っておらず、というのも音楽業務の忙しさと喘息と、ストレスで、体重どころではないという感じで。で、肥満になってました。

 

鍵盤楽器奏者というのはだいたい座り続けるため、毎日8時間以上は座り続ける生活。それによる腹筋の衰え。

 

また、パスタやピザばかり食べていたせいで、許容量を飽和し、グルテンアレルギーに。

 

瞬く間に体重ばかりではなく、お腹がパンパンに膨れ上がることとなりました。

会う人会う人に「おめでた?」と聞かれる始末。

「いや、ただ太ってるだけ。」と答える悲しさ。

 

ちなみに、グルテンアレルギーは不妊の原因にもなります。

私は子供はいらないので、いいのですが、子供が欲しくて不妊の人は、グルテンアレルギーもひとつの要因となりうることを覚えていて下さい。

 

本気でダイエットをスタート

音楽院を修了した翌年の2012年から、本当に痩せようと思い、ジムに通い始めました。そこでは、まだアレルギー性喘息の後遺症から、息が切れてまともに運動ができない状態からのスタートでした。

 

ちなみに、アレルギー性喘息は、たまたまホメオパシーの先生に出会い(これは天からの恵みですね)、完治。本当に、30秒で完治する、と紹介してくれた知り合いから言われたとおり、30秒で治りました。おかげで、薬はやめることが出来ました。

 

アレルギー性喘息が治っても、低下した肺の能力はすぐには回復せず、有酸素運動をするにも苦労する始末。

 

同時に、ダイエットに定評のある栄養士にもかかりはじめ、食生活も改善し始めました。

 

このようにして2年たったのですが、痩せた体重は4キロ。

 

二年で4キロです。

 

結構少ないですね。

 

2年経って、殆ど変わっていない、という現実に愕然とし、自ら奮起するより他にない、という結論に至ったのです。

 

ダイエットを研究

 

私がかかっていたダイエット栄養士は、地元では有名で、痩せない人はいないと言われていました。

 

一人目の先生とは、全てのアレルギー検査をして、そこではグルテンアレルギーではないという結論でした。

 

毎日処方された食事を頑張って準備する、かなり手間のかかる作業。

診察費も一回15分程度で15000円とかなりのお値段。

数ヶ月頑張って、あまり痩せなかったので、中断しました。

 

もう一人は、薬局の経営者の娘さん、薬剤師の先生で、やはりこの先生も、かかれば皆痩せる、と定評のある先生。

髪の毛と皮膚の表面の細胞を分析して、体質と準アレルゲンを特定するという方法で、私は乳製品アレルギーとナス類のアレルギーがあるということで、これらの食材を抜くダイエットを実施。

 

結果は800グラム痩せただけでした。

普通はこれで10キロ痩せるはずなので、こんなに痩せない人はおかしいし、でも続ける意味もなかろうということで、終了。

 

これは、どうしたことか…

 

街で1位と2位を争うダイエット栄養士でも痩せなかった。

 

これはどこへ行けば?

 

行った先はインターネット。

 

そこで、どこでどういきついたのか、ボリュメトリックスダイエットに行き着き、それを開始。

 

結果は、4ヶ月で6キロ減少という、2年で4キロとは雲泥の効果を得たのです。

 

その後、ケトジェニックダイエットを実施。

体の形が変わりました。

 

痩せると同時に、心肺能力も向上し、ジムでの運動も捗るように。

ボディビル関連の書籍を読んで体が変わり、全く体質が変わりました。

 

ボリュメトリックスダイエット ー> ケトジェニックダイエット ー>デュカンダイエット +ジム

 

これが私の肉体改造の構図です。

 

肉体ばかりでなく、アレルギーの完治、疲れやすさの完治、エネルギーの充満、等々、毎日時間が以前の倍になったような感じで生活することが出来るようになりました。

 

そしてその源泉となったのは、意識の変革。これはまずい、という極限の肥満状態への到達と、打つ手のなさ、そこで意識が変革したこと。

そして、意識の変革により、欲しい情報を無意識のうちに獲得できるようになったこと、

 

無心に実行できるようになったこと。

 

自分の体を救えるのは自分しかいないということ。

自分の体の声を聴くこと、対話すること。

 

このようなことにより肉体変革の歩みが始まったのです。

 

その後から今

今になってみると、本当に細胞の悲鳴を聞いたという表現しかありません。

2年にわたってダイエットしても一向に変化のなかった私が、全く生まれ変われたのは、一種の奇跡かもしれません。

そして、本当に芯の芯から体の声を聴くことができれば、それは医師にも栄養士にもまさる、真の気付きになるということを学んだ経験でした。

ちなみに私の母は25年にわたって人工透析をしていて、そのせいで非常に細かい食事制限があり、それを聞きながら育ったこともあり、栄養関連の厳密さにかけてはまったく自然に行える自分がいることも、新たな気づきでした。

今思えば、私が太ったことは必然(イタリアの食生活、チェンバロ奏者の座り続ける生活、喘息の薬の副作用)であり、

それは、ダイエットコーチになるための準備だったのではないかと思えるくらい、すべてお膳立てされているかのようです。

 

今現在、私もモニターさん2名と一緒にダイエットをしており、後5キロほど減量したいと思っています。

そして、このような私の運命的肥満と痩身の出来事は、ダイエットコーチを始めるにあたって、決して偶然ではない、と思っているのです。